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歴史大内義興袖判下文

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資料名 9 大内義興袖判下文
年代 明応4年(1495)4月29日
作者等 大内義興
員数 1通
品質・形状 竪紙
法量(mm) 312×445
解説  大内義興が、金子家親に周防国伊賀道郷(現、柳井市もしくは山口市徳地)内の土地を養父家嗣討死の恩賞として与えたもの。本文書が出される2ヶ月前に誅伐された内藤弘矩は、長門国守護代を世襲する内藤氏の惣領で大内氏最有力家臣の一人であった。前年の秋に家督を譲られた義興の初政には有力家臣の不穏な動きが表面化しており、代替わりが決して順調ではなかったことがうかがえる。なお、弘矩が誅伐された場所については諸説があったが、本文書により周防国衙(現、防府市)であったことが判明する。

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